〈国語科〉読書感想文受賞作品「とても長い短編『トロッコ』」

〈国語科〉読書感想文受賞作品「とても長い短編『トロッコ』」
 芥川龍之介の『トロッコ』では、主人公の良平が鉄道建設のためのトロッコを通じて冒険を繰り広げ、短編でありながら密度の濃い物語となっている。私はこれを読んで、人生の縮図を見出した。
 最初、良平は連れと共に以前から興味のあったトロッコに乗って遊んでいて、土工に怒鳴られてしまい、それがある種のトラウマのようになって、トロッコに乗ることを諦めかけたが、十日余り経ってから再びトロッコの通る工事現場に足を運んでいる。私にはこれが、自分の意志を否定されて断念しかけても、諦めずに挑戦するという、人が生きる上で何度も体験することを示しているように思えた。
 また、良平がもう一度トロッコに乗ったときには、二人の土工—-良平曰く優しい人たち—-と共に、トロッコが自走しない所では一緒になって押すといった場面があり、人が—-特に子供が—-生きていく上で、たとえどんな道のりであっても、他の人の支えがあってこそ生きてゆくことができ、学び、成長していけるのだというメッセージを感じた。その場面とは対照的に、道中土工が茶店でくつろいでいて、良平がかまってもらえず退屈しているとき、良平は一人でトロッコを押してみるのだが、トロッコは進まない、という場面がある。一人では生きてゆけないということも物語は教えてくれているのだ。
 物語が終わりに近づくと、良平はいつの間にか遥か遠くまで来てしまい、二人の土工に帰ることを促がされ、来た道を戻るのだが、帰り道は行きと違って孤独で、良平はそれに耐えながらも家に帰り、家に着いた途端号泣する。その後、良平は二十六で妻子と一緒に東京に出て職に就くのだが、塵労に疲れたときにはあのときのことを思い出す。人は一人で生きてはゆけないとはいえ、いつか孤独を感じることもあるだろう。しかし、そのときに自分を受け入れてくれる人間がこの世に決して皆無でないこと、そしてそれを自覚する経験が、人が生きていて辛いと感じたときの支えとなることを、芥川龍之介は『トロッコ』を通じて教えてくれていると私は思うのだ。
 この物語で主人公の良平が歩んだ道のりは、あらゆる人の人生そのものの比喩であるといえる。トロッコに乗って行く道が建設途中の鉄道路線であるのは、「人生とは既に出来あがっている道の上を行くことではなく、自ら道をつくりあげてその上を歩んでいくことである」というメッセージであると思った。だから私は、今生きてゆく上で何をしたら良いかわからない人、生きることに絶望している人、その他人生で行き詰っているすべての人々に、この『トロッコ』という、約二十ページという短さに反比例した長い長い物語を捧げたい。
(高等部2年生 男子)