さわやかな酸味と芳潤なかおり、私はただ恍惚としてその味に酔いしれた。

さわやかな酸味と芳潤なかおり、私はただ恍惚としてその味に酔いしれた。

その果実の名は

テニスに興味のない私にとってウィンブルドンはさして面白味のない行事だった。行きのバスの中でも、入場の列に並んでいる間も、久々の外出をうれしいと思う反面で、「これから、一日中テニス漬けかぁ」というアンニュイな気持ちが消えなかった。しかし、入場後すぐにふらりと立ち寄った出店で出会ったあるものが私の一日を変えた。

そもそも、私がその店に寄ったのは、一時的な空腹を紛らわせるのに適当な店がそこしかなかったからで、その店で売られているものの味には大した期待を抱いていなかった。「どうせ屋台の商品だし、まぁお腹にたまれば何でもいいや。」そんな軽い気持ちで私はそれを口に含んだ。その瞬間、私の心に一陣の風が吹いた。口の中は、さわやかな酸味と芳潤なかおりに満たされ、私 は一瞬自分がウィンブルドンにいる事を忘れた。私はただ恍惚としてその味に酔いしれた。その感覚はさながら、丘の上でさわやかな初夏の風に吹かれた時の様な、新鮮ですがすがしいものだった。そして、私は、 あたかも、寝起きに明るい朝日を浴びた様なさっぱりとした気分になった。それまで私の心に渦巻いていた「眠い・疲れた・退屈」というじめじめした感覚は消え去り、代わりに「楽しい1日になりそうだ」という素敵な感覚が心に芽生えた。そして、その予感通り、私の1日は最良のものとなった。

私の1日を変えた、宝石の様な輝きを放つその神の果実の名前 ……………いちご。

 

(高等部3年生 女子)