最初に書いておくと私はかっこいい先輩たちのように球技で活躍もしなかったし、MVPも取らなかった。けれど確かにあの日、私はMVPな気分だったのだ。
天候に恵まれた5月最後の日曜日。目覚めもよく迎えたその日は、なんだか良いことが起こりそうな予感があった。
朝の支度をしながら、私は今日この一日がどんなものになるかとあれこれ思案を巡らせた。この球技大会で、私が乗り越えなければならないイベントは大きく3つ。選択種目のポートボール、応援合戦のダンス、そして選抜リレーだ。ポートボールとダンスは余裕だ。沢山練習したのだ。心配することはほとんどない。問題はチーム対抗の選抜リレーだ。なにしろほとんど練習する暇がなかった。バトンパス練習だって、片手で数えられる程度しかできていない。そして私は第4走者、つまりアンカーだ。「緊張」以外にどんな言葉が私を埋め尽くすだろうか。
爽やかな水色のTシャツに目をやる。まだ書き込みが少ないそのチームTシャツは、先輩たちが可愛らしくデコレーションしてくれたものだ。表面に書かれた手書きの文字が目に入る。
「MVPはワタシ。」
少しふざけていて意味もよくわからないこのメッセージは前日に大好きな先生に書いてもらったものだ。大きく胸の中心に書かれていて(私がそう注文した)、存在感のあるこれは私にとって一番大切なメッセージだった。
そう、今日の私はMVPなのだ。そんな気持ちでリレーに臨もう。なにしろ朝から何かと調子が良い。去年は書いてもらえなかった先生からのメッセージもゲットし、機嫌も良い。この調子でいけば上手くいく。
開会式が終わりそれぞれの種目の試合が始まっていく。友達の試合を観戦したり、先輩たちとメッセージを書きあったりしているうちにポートボールの出番になってしまった。
なんか、調子悪いな。そう思うことが度重なった。
塵も積もれば山となり、結果は惨敗だった。11点差もつけられて負けたのだ。笑ってしまうほどにボロ負けだった。心配することなんてないと思っていたのに。
今日はだめかもしれない。
午前の部が終わり、私が恐れているリレーが近づいてくる。そしてここでまさかの悲報が飛び込んできた。
第1走者が足をひねってしまった。選抜リレーに参加できるかどうかは分からない。練習もほとんどなかったので補欠なんてもちろんいない。
なんだか一気に風向きが変わったようだった。全ての雲行きが怪しい。
足を負傷してしまった仲間は応援合戦のダンスに参加できず、私はそのダンスで小さなミスをした。
今の所、何も上手くいっていない。
私は最後の出番が始まるまでの残り時間を、リレーへの心配に費やしたのだった。
そしてとうとう最後の種目、選抜リレーがやってきた。
「足痛くないから走れる!」
私の不安を吹き飛ばすように、溌剌とした声がした。最後の最後で、第1走者は私達リレーメンバーの元へ戻ってきてくれたのだ。
明るい兆しは見えてきた。うん、いける。
割り当てられたレーンを確認し顔を上げると、見渡す限りの人、人、人。またもや不安の渦に飲み込まれそうになる。重い足でのろのろと第4走者のスタート位置に移動する。
遂にこの時が来てしまった。
大丈夫。たとえ盛大にずっこけたとしても3日後にはみんなほとんど忘れてくれる。なんてったって私は今日MVPなのだ。
静まり返った空間を切り裂くようにピストルの音が響いた。
相手チームにリードされてはいるけれど、これなら私で巻き返せる。直感的にそう思った。
いよいよバトンが手に渡る。その冷たい感触が思考に入ってくるよりも早く、私は走り出した。逆転してみせる。
ゴールラインを超えた瞬間に撮られた写真を後から見てみると、嬉しんだか苦しいんだかぐちゃぐちゃな顔をしていた。今度からはもっときれいな笑顔で走らなければ。
とにかく、私達は一位を取ることができた。
その後のみんなからの反応と言ったら、まるでヒーローにでもなったかのようだった。
「めっちゃかっこよかった!」
「ここ二年で一番嬉しかったよ!」
なんだこれ。めちゃくちゃ良い気分だ。
終わりよければ全てよし。結局、幸せなことにこの一日は朝の予感が的中する形で幕を閉じた。
つかの間のMVPのような気分が私の心を踊らせてくれたのだった。
(高等部1年 女子)