立教歳時記 連載第5回 樫の木 (Oak tree)

立教歳時記 連載第5回 樫の木 (Oak tree)
立教の校内には英国を代表する多くの樹木が生い茂っている。30メートル近くある樫(Oak)、栃(Horse Chestnut)、西洋菩提樹(Lime)の大木達、そしてその周囲にはトネリコ(Ash)、ハンノキ(Alder)、ハシバミ(Hazel)、サンザシ(Hawthorn)、白樺(Silver Birth)の木々がお互いを守りあいながら茂り、森を作り上げている。校内の樹木たちは既に冬に備えて全ての葉を落とし、これから迎える寒気に備えている。春の芽吹き、秋の紅葉も美しいが、冬の寒さのなか、じっと立ち尽くす樹木たちの葉を落とした姿、特に夕焼け、朝焼けに映える樹木たちのシルエットの美しさも風情がある。よく目を凝らしてみると、樹木によってそのシルエットが異なるのに気が付く。太い幹とその枝を重々しく空に向けた樫の木、長い年月の中で俯き加減にも枝を張っている栃の木、繊細な枝を真っ直ぐ伸ばしている西洋菩提樹の木々、それぞれに特徴があり、興味深いものがある。
立教は多くの自然に囲まれているが、決してこれは自然のままで保護されてきた森ではない。ブルーベル散策する森は実は16世紀よりの人工林であるといわれている。16世紀英国は産業の発展に伴い、全ての樹木は鉄の生産のために伐採されてしまった歴史がある。立教のある場所はパリングハーストの丘と呼ばれ、サウスダウンの眺望はすばらしいものがあるが、森に囲まれたこの環境は何百年もの間英国人たちによって作られ、守られてきたものである。
この森の長老とも言うべき存在がオーク、樫の木である。その威風堂々とした風格、枝ぶりは正に英国を代表する木である。自然保護法によりその伐採を禁止されている。立教で陸上トラック新設の際にも、この樫の木を伐採する許可を得られず、トラック中央に鎮座する羽目になった経緯がある。音楽室そばには推定樹齢三百年の、カーパーク入り口、ガーデンハウス前には推定樹齢二百年の樫の木も存在する。何百年もの間風雪を耐え忍んできたこれらの樫の木の前に佇むと、自らの小ささ、自分が抱えている悩み、心配、全てが抱擁されて消え去っていく。
日本では樫の木というが、日本の樫は常緑樹であり、英国産のオークはむしろ日本の落葉樹である楢の木に近いが、葉の形が異なる。日本では明治時代初期、その硬さ、重さのために、容易に家具として加工できず、鉄道の枕木として使用されたのに対し、英国では16世紀を代表するオークビームと白壁家屋の建築材料であった。ヘンリー八世の時代より、旗艦 メアリーローズの建築材料として使用され、一般の人々はその伐採を禁止されていた。難破した流木を集めての家屋建築により、しばしば、古い住居に見られる天井のオークの梁には、穴が開いていて、それは舟の竜骨の痕とも言われている。立教で最も古いガーデンハウス(16世紀建設)にもオークの天井梁が見られ、その歴史の長さを感じることができる。近年の調査により18世紀の建物であることが判明し、少々残念の感がある。
 昨年はその枝にドングリ(acorn)をたわわに付けていたが、今年は天候のせいか、一粒のドングリも見ることができないのは、人間活動に対する自然からの警告であろうか。二週間降り続いた雨で、粘土質の地下にも十分な水分が行き渡ったのか、12月を迎えようとする今日この頃、一斉に地下からキノコが発生し、樹木とキノコとの共生の関係を目の当たりにし、改めて立教に残された自然環境の保全の大切さを実感する次第である。