新入生の皆さん、入学おめでとうございます。そして在校生諸君、進学おめでとう。
今日はちょうど桜が満開で、日本の春を代表する桜と、イギリスの春を代表するダフォディル、黄色い水仙のことですが、その両方が咲いているという、いかにも立教の入学式にふさわしい日となりました。
この学校は1972年、初代校長をつとめた縣康(あがたやすし)先生によって創設されました。世界で最初に海外にできた私立の全寮制日本人学校です。
このあと新入生の皆さんにお渡しする胸のバッジには、この1972の数字が記されています。今年は2015年、この4月で創立43年を迎えました。
今から43年前というと、日本がまだバブルの時代を迎えるはるか前、日本人が海外に出て活躍を始めたばかり、そういう時代に、創設者の縣先生の言葉によれば、「これからの日本の若い人達に、真の国際的教養を身につけさせたい、日英の親善のために何かしたい」という目的でこの学校が創られました。今、日本では教育のグローバル化が叫ばれ、国際的に活躍できる人材の育成とか、世界の人たちと共に生きる力をつける、などといったことがあちこちの学校で教育目標として掲げられています。すべて立教では43年前から当たり前にやってきたことです。今年度からはUCLロンドン大学との提携を踏まえて、イギリスの大学への進学も視野に入れた、Critical Thinking などの授業も始まります。
創立当時、わずか19名の小学生でスタートしたときの学校は、今、本館と呼んでいる古いお屋敷だけ、この本館の中で全員が暮らし、食事をし、授業もしていました。第4代校長の宇宿昌洋先生の時代に、在英の各企業をはじめとする多くの方々のご支援を得て、食堂ホールや教室棟、体育館や図書館などが完成し、今ある学校の形ができあがりました。
昨年には男子寮3階の改築工事が無事終了し、現在建設中の新しい女子寮も、もうあとほんの少しで完成します。女子の皆さんはしばらくの間、窮屈な寮で我慢しなければなりませんが、ハーフタームからは快適な生活を送れるはずです。今回の寮の建設にあたっても、多くの方々から沢山のご支援を賜りました。この場を借りて有難くお礼を申し上げます。特に今回、初めて君たちの先輩たち、卒業生の皆様からも多くのご協力をいただきました。生徒諸君は是非このことを心に留めて、この学校がたくさんの先輩たちによって支えられていることを覚えておいてください。
実は新しい女子寮は先月完成の予定で、この4月から使用を開始するはずでした。工事が遅れたのはコウモリのせいです。昨年まで倉庫として使っていた旧いガーデンハウスを取り壊すにあたって、事前調査でコウモリの糞が屋根裏から見つかりました。イギリスではコウモリは保護動物である、ということで、建築の認可を受けるにあたっては、コウモリの保護を最優先させることが義務付けられました。そのため取り壊しの際には、工作機械を使って一気に壊すのではなく、動物保護団体のコウモリ専門家の立会いのもとで、屋根の瓦を一枚ずつ手作業ではがし、もし瓦と瓦の間でコウモリが冬眠していたら、直ちに工事は中止、冬眠中のコウモリが自然に目を覚ますまでそっとしておかなければならない、という厳しい条件付の工事となりました。幸いにして、冬眠中のコウモリは発見されず、以後、工事は順調に進みましたが、その時の遅れが最後まで響いて竣工が遅れることになりました。今、既に外観は完成していますが、こちら側から見上げると屋根の上の方に2箇所の穴が開いているのが見えると思います。何とあれはコウモリ専用の出入り口です。屋根裏の一部を完全に仕切って、コウモリ専用のスペースが作られています。新しい寮には、これからコウモリの新入生も加わることになるかもしれません。
コウモリとの共同生活、なんてことを考えていて、ミトコンドリアの共生の話を思い出しました。ちょっと脱線しますが、3年前、日本で立教大学理学部の講義室を借りて学校説明会を開いたことがあります。その時に理学部の建物の入口に、当時立教大学教授の黒岩常祥(つねよし)先生のミトコンドリアについての講演会のポスターが貼ってありました。講演会当日はイギリスにいて参加できなかったのですが、ちょうどバイオロジーの授業でミトコンドリアが出てきたところだったので、ちょっと気になって、この先生の書いた本をアマゾンで捜して買いました。これがものすごく面白かった。何しろこの本をミセス今多に貸したら2年間戻ってこなかったぐらいです。何の話かというと、ミトコンドリアは細胞のパーツの一つです。私たちの体を作っている細胞の中に入っている。ミトコンドリアの役割は、食物を酸素を使って分解してエネルギーを取り出すこと、このお陰で私たちは生きている。ところが、なんとこの本によると、ミトコンドリアはもともとバクテリアだったというのです。
バイオロジーの授業で、食物は、酸素を使って分解したほうが、酸素なしで分解するよりずっと効率よくエネルギーを取り出せる、と習います。さて、昔々、20億年前の地球にはバクテリアしか住んでいなかった。酸素を使えるバクテリアと酸素を使えないバクテリアが住んでいたのですが、20億年前のあるときに、この2人が共同生活を始めた。酸素を使えるバクテリアが、酸素を使えないバクテリアの中に入って、一緒に暮らすことにした。それがミトコンドリアだというのです。そうやって酸素を使えるバクテリアの方はミトコンドリアになって体の中でエネルギーを取り出す仕事を専門にやる。酸素を使えなかったバクテリアは、食物さがしに専念できる。この結果、それまでバクテリアしかいなかったこの地球上で、生物の大進化が始まった。
脱線ついでにいうと、ここまでが動物の話。実はもうひとつ別の種類の、光合成をできるバクテリアというのもいて、これも一緒に共同生活を始めたのが植物だそうです。このバクテリアは植物の体の中で葉緑体になった。これを細胞内共生説というそうです。面白いでしょ。私が高校生の頃にはミトコンドリアも葉緑体もただの細胞のパーツでした。最近の研究では、ミトコンドリアも葉緑体も、ちゃんと自分のDNAを持っていて、細胞の中で自己分裂して増殖しているらしい。さすがもとバクテリアです。そしてすごいところは、君たち風邪をひいて熱が出て、体が風邪菌と戦わなきゃならない、そういうときには、エネルギーがたくさん必要だから、細胞の中でミトコンドリアが一生懸命増殖する。ちゃんと助け合っているのです。つくづくヒトの体ってすごいなあと思います。
さて、今日から君たちの立教での生活がスタートします。朝7時の起床から夜寝るまで、皆で生活を共にして、一日3度の食事を共にして、泣いたり笑ったり歌を歌ったり、助け合ったり喧嘩したり、そうして何か学校行事があれば皆で力を合わせて取り組んでいく、球技大会、ジャパニーズ・イブニング、スクールコンサート、オープンデイ、合唱コンクール、様々な行事やイベントを通して、勉強だけでなく、スポーツが得意な人、絵がうまい人、歌や楽器が上手な人、模型作りがうまい人、人の話を聞いてくれる人、一緒に泣いてくれる人、黙って手伝ってくれる人、一緒に生活しているからこそ、他人の良いところ、他者の存在の有り難味が分かる、互いを認め合うことができる、それが立教の良さだと思います。そしてそれこそが、これからの国際社会の中で、環境も考え方も異なる色々な国の人たちと、共に生きていく、そのための第一歩につながっていく、と思っています。
本校の教育理念として、「キリスト教に基づき他者を思いやることのできる人間を育成する」ということを掲げています。
他者への思いやりの心は、43年という歴史の中で、君たちの先輩たち、生徒一人一人、教員一人一人が、力を合わせて実現してきたことです。先輩から優しくしてもらった、あのとき上級生が面倒を見てくれた、だから自分が上級生になったら今度は自分が下級生に優しくしてあげる、後輩の面倒を見てあげる、この良い連鎖を断ち切らず、守り続けていってください。
高等部3年生の赤ネクタイは、最上級生としての責任の証です。今日は早速、受付や案内係で大活躍してくれました。今年はどんな高3になるのか、後輩たちにどんな背中を見せてくれるのか、楽しみにしています。高校2年生はこれから学校の中心になります。生徒会、委員会、部活動、係本部、これからの1年間、どうしたら皆がいきいきと楽しく生活していけるか、それを考えていくのが君たちの責任です。そして下級生は、先輩が優しいからといってそれに甘えすぎないように。ちゃんと礼儀を守る、けじめをつける、言葉遣いに気をつける、そういうことがきちんとできなければいけない。それができる下級生の上に、優しい上級生という存在が成り立っていくのです。
昨年、高校3年生を送る会の最後に、立教を去っていく高校3年生を代表して山本さんが君たちに贈った言葉を覚えているでしょうか。
「私たちは、みんなを立教に残していくのではない、立教をみんなに残していきます。」
「みんなを立教に残していくのではない、立教をみんなに残していきます。」
ここにいる君たち一人ひとりが、これからの立教を作っていく。
友達のために何をしてあげられるか、先輩のため、後輩のため、一緒に生活している人のために自分は何ができるのか、いつもそういうことを考えながら、これからの生活を送っていってほしいと思います。
君たちの成長を祈って、本日の入学・始業礼拝式の式辞といたします。