生徒達がよく外出する町 Cranleighに行く道沿いに、”Elmbridge Village” と書かれた大きな案内板があり、そこを入っていくと、大きな敷地に点々と建物が散在する「村」”Village”に到着する。
ここは引退したご老人達が住む小さな村。でも老人ホームとは程遠い。そこここをゆったりと歩く人達、小さなメインストリートをスムーズに車で走り抜ける人達は皆、しっとりと落ち着いた雰囲気が漂うロマンスグレーの紳士、淑女だ。
生徒たちがミニバスで到着した時に迎えてくれたのもそんな感じの上品な女性だった。
「こんにちは、ようこそ。あちらのレストランで皆さんお待ちしていますよ。」
この日はEC (English Communication)の授業の一環で、本校の高校2年生がここに住むご老人達と懇談をすることになっていた。
少しだけ緊張した面持ちで、でもどこか期待しながらその建物に入って行った。開店時間前のレストラン。ナイフ/フォークこそ並んでいないが、大きなガラス越しにお洒落なテーブルがいくつも並んでいた。
「皆さん、今日はお忙しいところをどうもありがとうございます。生徒達がどんなことを質問するかは既にお知らせした通りですが、それは単なるキッカケ、話が進めばどんどん気の向くままお話し下さい。」
本校のEC主任のMrs Sharpが挨拶をした。
「生徒たちも最初はかなり緊張していると思いますが…」
「それは僕たちも同じことさ。日本人の子たちとこんな風に話をするなんて初めてだよ!」
思い遣りのあるセリフに皆んなで笑って、すぐに場が和んだ。
「それでは皆さん、各テーブルに分かれてお話を始めて下さい!どんなに話が弾んでも10分で打ち切りですよ!」
Mrs Sharpがそう言うと、ちょっと照れくさそうに挨拶を交わしながらそれぞれのテーブルに分かれて座っていく。
生徒2人にイギリス人の方1人、何人かの生徒は1対1で話をすることもできた。10分くらいを目途にどんどん相手を替えていって、出来るだけたくさんの人と話ができるようにというMrs Sharpのアイデアだ。
Break the ice(:「初対面の時に場を和ませる」の意)のに時間がかかるかと思ったが、スマートな自己紹介から始まり驚くほどあっさりとお互いの話に入っているようだった。用意していた質問原稿を読んでいるだけの生徒はまずいなかった。相手の目を見て話していた。英語の練習というよりは、むしろ本当にお互いに思っていることを伝えあうこと自体を楽しんでいるようだった。どのテーブルでも会話は途切れることなく進み、同じ質問から始まったはずの話は、それぞれのテーブルで全く違う方向に盛り上がっていた。日本の話、ホームステイの話、クラブの事や学校の先生の話…
「はーい、そこまで! 次の人達のところへ移りましょう。」
折角盛り上がったところに水を差すような…と思うが否や、次の相手と新たなる自己紹介、そしてお話… いくつものテーブルで生徒とご老人たちが話す姿はまるで集団デートゲームのようでもあった。表現の仕方は悪いが、とにかく終始笑顔で楽しそうに話す姿が印象的だった。これが本来の「英会話」だと思った。英語を使って話すことがおもしろい、自分の意志が伝わる、相手に自分の言うことを分かってもらいたい… そんな気持ちが心の底から不思議な勢いで涌き上ってくる… 生き生きと話していた生徒たち、その姿はどこか頼もしくもあった。
毎年恒例のJapanese EveningやOpen Day、各クラブの対外試合、地元の学校との交流、今年度から始まった英語科/社会科の校外学習、数日前までは短期留学のWolverhamptonの生徒7名が本校に滞在していたり… と、ここ数年確実に「生の英語」に触れる機会が増えている。その成果が表れたと見る事も出来るが、恐らくこの日の最大の功労者はElmbridge Villageのご老人たちだ。引退された後も、みな生き生きと充実した毎日を過ごされている。実際、今回の懇談会も、皆さんご多忙のため日程の調整に苦労したほどだ。念願叶って持てたこの機会は、子どもたちの何倍もの年月、豊かな人生を生きてきたご老人たちのリードでとても実り深いものになった。
「どうだった、今日の訪問?」
夕食の時に、隣に座った高2の生徒に聞いてみた。
「楽しかったですよ!でも、もう少し長く話したかった。丁度盛り上がったところで、いつも交代で… でも1時間で5人もの人と話せたのは良かったかな。」
「自信」を持って英語で話せる機会を与えてくれたElmbridge Villageの方々の巧みなリードと優しさにつくづく頭の下がる思いがした。