今年も昨年に引き続き、7月24日よりケンブリッジ大学にて、日英高校生のためのサイエンスワークショップが開催された。クリフトン科学トラストのアルボーン博士が主催し、ケンブリッジ大学と本校が共催としてその運営に携わった。今回のワークショップには一般参加高校に加え、東日本大震災被災地域を代表して、6校の特別参加枠を設けた。
ケンブリッジ大学で研究する最先端科学者の指導により、今年は9つのプロジェクトが企画された。
○化学:金ナノ粒子の合成
○物理:日立研究所での、電子機器への将来的なナノテクノロジーの応用
○物理:キャベンディッシュ研究所での柔らかさの測定
○植物科学:石油を合成する藻の光合成条件についての探求
○地球科学:地震波の探求
○生命科学:認知科学と細胞間カルシウム信号伝達について
○宇宙科学:宇宙科学とは何か 宇宙科学者へのインタビューを通して
○生物人類学:霊長類における行動パターンと遺伝子解析について
○環境放射能:放射線データの解析と安全基準についての考察
どのプロジェクトも非常に興味深いものであったが、特にここでは東日本大震災での放射能問題についてのプロジェクトの紹介をしたい。
このプロジェクトは、オックスフォード大学物理学部医療放射線の専門家であるアリソン教授の指導で行われた。震災、津波による原子炉事故による放射能汚染が日本では大きな問題の一つになっている。参加校の福島高校では既に校内の放射線データの計測が行われ、高校生が持ち込んだデータがこのプロジェクトで真剣に討論されることとなった。この問題に対して科学はどのように答えるのか、また、事態を心配している一般市民の人たちとどのように対話を行っていくのか、まさに我々の目指すワークショップの意義、すなわち、社会の中で果たす科学の役割、意味を討議した質の高いプロジェクトの一つとなった。
アリソン先生は2年前に『放射能と理性』という題名の本を出版している。今までに起こった放射能汚染、広島、長崎、チェルノブイリでの汚染の状況と致死率、癌の発症率、白血病の発症率、また、病院で行われている放射線治療のデータをもとに、どのように放射線の安全基準が定められているのか、人々の安全基準への対処方法についてがまとめられている。放射能への恐れから放射能は危険だとの短絡的考えではなく、理性をもって対処すべきであるとの先生の意見である。
一方で放射能汚染を非常に心配している福島県の人々の気持ちもよく理解できる。参加した福島高校の生徒達は既に、校内の放射線汚染のデータを計測し、これをもとに作成した汚染マップを、現状を伝えるため、持参していた。どこまでが安全で、どこからが危険なのか。その安全基準の根拠は何か。今後どのような危険を抱えて人々は生活していかなくてはいけないのか。現地福島の生徒でなければできない真剣な質疑・討論があらゆる方面から、日英の高校生、そして専門家であるアリソン先生との間で行われた。まさに、今科学が果たすべき役割は何なのかを実感させられる内容であった。
2日目に、BBCケンブリッジラジオ局によって、このプロジェクトの取材が行われた。一般的な取材に終わることなく、取材を通して、原子炉事故の取材のあり方にまで、記者を含めて討論が始まったのには驚いた。さらに、例年であれば討論は英国人の生徒が主導をとっていたが、今回は日本側の生徒から様々な日本の現状が報告され、視点の鋭い質問が発せられていた。舞台裏では、日本側の生徒だけが集まり、今までの話のポイントの確認、今後の展開、どこまで英国側に伝えていくかの話し合いが自主的に持たれていた。このことも、今回のプロジェクトの質の高さを示したものと思われる。
このような深い探求と質の高い話し合いが持たれたのも、日英の高校生の間に入ったファシリテイターと呼ばれる方のお陰だ。通常はケンブリッジ大学大学院の日本人学生にお願いをするのであるが、このプロジェクトでは日本で精神科医の経験を持つ山澤医学博士にお願いすることになった。アリソン先生からの科学的データだけでなく、医学的、精神学的に放射能汚染がどのように取り上げられなければならないかの点について、更に多面的な討論ができたことは山澤博士の指導による部分が大きい。
最終日には各プロジェクトより研究発表会がなされた。科学成果を発表するだけでなく、このワークショップ期間中に学んだこと、英国人高校生より学んだこと、ケンブリッジ大学の町並みより学んだこと等、このワークショップを通じて学んだ成果が生徒より発表された。どの発表も英語を使って堂々と発表する生徒たちの立派さに、また何気なく日本人学生をサポートする英国人高校生の配慮の深さ、日本語での発表にも感激した。今は大変な苦労をしている被災地の高校生であるが、将来このケンブリッジで学んだことを活かして、被災地の復興、新しい日本の創造にむけて、積極的にリーダーシップをとってくれるだろうことを実感するとともに、今回英国人高校生との間に築いた友人関係という強い絆が将来大きな働きをすることを確信した。
最後のハイライトはケンブリッジで最も古いカレッジの一つであるコーパス・クリスティー・カレッジでのディナーだ。何百年も経った大学の食堂で、昔からのしきたりに従い、ラテン語の食事の祝福に始まった。まさに、ハリーポッターの世界そのものだった。ハイテーブルに、ライト元駐日大使及び大使夫人、英国化学会代表の方々が席に着かれた様子から、このワークショップを通して東日本大震災被災者に対する温かいサポートを改めて感じた。このハイテーブルの下の長いテーブルに座って、ワークショップの経験について熱心に話をしている生徒の様子に、このワークショップで一回りも二回りも大きく成長した高校生たちの姿を感じ、運営企画者の一人としてこの上ない喜びを感じることができた。
来年のケンブリッジでの再会を約束し、いつの日か英国人高校生と共に東北の地でのサイエンスワークショップを実現できることを夢見つつ、ケンブリッジに別れを告げた。