雪どけ

雪どけ 雪どけ
“雪どけ”と聞くと思い浮かぶのは春の訪れではなかろうか。2012年の立春、イギリス南部では20cmをこえる積雪があり、真冬に逆戻りした。そのあと2度ほど降雪があり、約2週間にわたって零下が続くほど冷え込んだ。
さて、雪がふればとける時がくる。
雨が降っても雪がとけても、水は地中に沁みこみ、地下水を形成する。ふんだんに水を含んだ土壌は、多くの生物の住処となり、植物を育てる。
という理解でよいのだが、イギリスではすこうし違っている。どこが違っているのか?水は地中に沁みこみ…というところである。
イギリスでも雨水や雪解け水は地中に沁みこんでゆく。だが、日本でイメージするものとはだいぶ異なる。日本の土壌は水はけが良く、掘り返してみると、やわらかく、ほろっとくずれる。イギリスのこの地方の土は、さながら粘土である。掘り返せば、カタマリのまま。粘りがつよく、触れた手にからみつく。レンガ文化が生まれたわけである。
このような地質のイギリスでは、雨水や雪解け水が土に沁みこむといっても日本ほどの量はない。ちょっと大雨が降れば水たまりができ、川は水量を増してあふれ、土地を侵す。アスファルトの車道に通行を妨げるほどの大きな水たまりができる。これをFLOOD(フラッド)と呼び、こちらでは大雨のあと、FLOOD注意の看板がよく立つ。
このような降雨や雪解けとFLOODの関係を熟知したイギリス人は、”川からあふれる水を逃がす土地”を用意した。学校の近くのGUILDFORDには、このような土地がある。ラグビー場の隣に、雑草が生える広い草地がある。ふだんはゆったりと牛が草を食む姿が見られるが、一度豪雨がやってくると、隣接するウェイ川からあふれた水で、風景は一変、突如として湖が誕生する。
これを目の当たりにしたときの驚きは非常なものである。山岳地帯を中心に成り立つ日本列島出身者にはこのような土地利用法が存在するだろうか。
私たち日本のひとびとは、昔から川を制御しようとしてきた。水はけのよい土壌、傾斜の激しい土地は、山脈にぶつかって降った雨が川を流れて下流へあふれてゆく。特に夏に多いこの災害に備えるため、高い堤をきずき、農地や家々を守ろうとしてきた。その一方で水の恵みに感謝した。激しく荒れ狂い、山野を蛇行し、そして恵みをもたらす川は、中国では龍のイメージを生んだ。龍は水をつかさどる伝説獣として私たちの文化に浸透した。
水はけのよい土壌は土砂くずれを起こしやすいが、粘土質の土壌は水がたまりやすく床下・床上浸水を起こしやすい。数年前にイギリス北部では大規模な床上浸水が起こった。日本では堤を築き、イギリスでは水を逃がす広い土地を用意したのであろう。
FLOODの代表的な日本語訳は「洪水」である。洪水といえば、水量を増して荒れ狂った川から水があふれ出し、勢いを増して流れ去ってゆくイメージではないだろうか。イギリスのFLOODは床上浸水のような極端なケースを除けば、今まで自然のままであったフィールドに湖ができ、ひたひたと水がたたえられるイメージである。言葉からうかぶ印象もところ変われば変化するのである。
2週間の冷え込みのあと、イギリスのあちこちではたくさんFLOODが出来たことだろう。雪どけによるFLOODは、春の先触れなのだ。