「八つか九つくらいの年頃だった。朝はまだひんやりしていた。私は門柱に寄り掛かって空を見ていた。朝日が昇ろうとしていたのだろう、透明な空が色づいていた。
朝早く戸外にノートと鉛筆を持ち出して、私はなにやら書きつけていた。が、空はあまりに美しいので、その微妙な光線の変化を書き留めておきたくなって、雲の端の朝焼けの色や、雲を遊ばせている黄金の空に向かって感嘆の叫びを上げつつ、それにふさわしい言葉を並べようとし始めた。けれどもなんという微妙な光の舞踏……。」
中学部三年生の国語の教科書の中に「朝焼けの中で」という題材があり、その中で、詩人であり作家である森崎和江さんは、朝焼けの微妙な光線の変化を言葉で書き留めようとしました。そして森崎さんはこう続けます。
「私はあの朝、初めて言葉というものの貧しさを知ったのである。絶望というものの味わいをも知ったのだった。自然の表現力の見事さに、人のそれは及びようのないことを、魂にしみとおらせた。」
このように言葉への絶望を味わった森崎さん。しかし、この国語科の授業では、その言葉で表現する難しさに
あえて挑戦してみました。「描写力を高める」ということを目標に、
① くるりくるりとねじれた、真っ白い、柔らかそうなソフトクリームを手にとって口に運び、口の中でとけてゆくまでの様子をくわしく、スローモーションのように描く。
② 夏の夕方ざぁーっと降ってきた雨が上がったあと、地面からもやもやっとたちのぼる匂いとその様子を目の前で見ているように描く。
③ 毛糸をくるっくるっと編んでゆく編み棒、そして指の動き、できあがってゆく様子をうまく描いてみる。
の三つのうち、一つ題材を選び書きました。どの作品も実際に目の前で繰り広げられるかのように、生き生きと描かれています。
* * * * * *
「はい、どうぞ。」
ソフトクリームを渡された。
きれいにねじれたソフトクリーム、なんだか食べるのがもったいない。ひとくち口に入れる。ひんやりとして甘い。懐かしいミルクの味だ。あっという間に溶けていった。二口目、今度はもう少し口を大きく開けて食べてみる。じわーっとミルクの風味が口いっぱいに広がっていった。ソフトクリームはさっきよりも時間をかけて溶けていった。
(中学部3年 女子)
店員が失敗、ななめになって落っこちそうなソフトクリーム。その先端を、逆方向に、舌の先っぽでななめかせて、安定させる。微妙な舌ざわりが残っている。「さあ」上からかぶりつこう、と思った所で、歯が冷たくてキーンとくる痛さが浮かんだ。横から少しずつなめる。鼻を近づけたときのふんわり香る自然な甘さのにおいに、思わず上からがぶりとほおばってしまう。歯がキーンとして頭にひびく。と、その時、今まで味わったことのない、まるで牢獄から出た日に食べた母の手料理のような味が口に広がりのどを落ちていった。
(中学部3年 男子)
とっても暑い日だった。母が手渡してくれたソフトクリームは、まるで青い空に浮かんでいる雲のように真っ白で、今にも溶けてしまいそうだった。のどがゴクンとした。ソフトクリームに吸い寄せられ、パクッ。
口の中にフワッと甘さが伝わり、一秒ごとにどんどん溶けていってしまう。頭がキーンとなって、それでも、とろけそうなソフトクリームを、次から次へと、口へ運んでしまう。
(中学部3年 男子)
それは夢のようなひと時でした。
ソフトクリームをゆっくりパクリと口に入れた瞬間、口の中でゆっくりと、ヒヤリととろけるようで、フワリという冷たさだった。まるで淡雪のようなクリームだった。白くてフンワリ甘くて、おいしくてやさしい味だった。シツコクなくあますぎることなく、スッととろける味わいだった。
(中学部3年 男子)