職員室入口の花壇の茂みの中で入学式の頃から雉の母鳥がずっと卵を温めていました。同じ時期に中庭の花壇ではマガモの母鳥が卵を温めていて、こちらはあっという間に雛が孵りましたが、雉の方は1ヶ月近く何の変化も起きず、いつも悲しそうな目をして母鳥がその茂みの中からじっとこちらを見ているようでした。生徒たちにも「雉が卵を温めているので近づいて驚かさないように。」と連絡がありましたが、時折遠くからその様子を伺う生徒たちの姿も5月に入ってからはあまり見られなくなっていました。
いつも同じ姿でそこにじっとしている母鳥が時々いなくなる時があります。そっと近寄って数えてみたら20個近くの卵がありました。マガモの雛が孵って母鳥とキャンパスを行進していく愛らしい光景はほぼ毎年恒例となっていますが、雉が卵を抱く姿はあまり見られません。しかも生徒や職員が頻繁に行き来する職員室の入口とあっては、可哀想に、場所の選択を誤ったかな、と同情の気持ちでここ数週間その母鳥の悲しそうな目を見ていました。ある理科教員曰く、「もうあの卵は駄目かもしれないですね。」と。
近隣のイギリス人を招いて日本の文化を紹介するJapanese Eveningが開かれることになっていた5月13日の朝、いつも通り職員室に入っていくと、数学の先生が笑顔でやって来て「生まれましたよ!」と教えてくれました。慌ててカメラを持って花壇のところに行くと、母鳥がいつものように花壇の茂みの中にうずくまってこちらを見ています。気のせいかいつものあの悲しい視線とは違って見えました。姿の見えない雛達の小さな鳴き声が聞こえていたからでしょう。目を凝らして見ると茂みのあちこちに数羽の雛が確認出来ました。さらにしばらく待っていると、なんと母親のお腹の下から可愛い雛がひょっこりと頭を出しました。まるでカンガルーのお腹の袋のように、1羽2羽と雛達が忙しそうに出入りを始めました。その間も母鳥はじっとこちらを見て、大きな体を更に膨らませて威嚇しているようにも見えました。
茂みの中にじっと佇む母親のお腹の下から時折這い出して来ては近くの茂みを探検し、再びその温かそうな母親のお腹の下に戻っていく雉の雛達 ―「マガモの行進」の愛おしい光景とはまた違い、それはそれで母親の偉大な愛を受けて与えられた命を謳歌する雛達の嬉しそうな様子を伝える感動的なひとこまでした。