日本に帰国してからまず一番に食べたいものは納豆だ。白いご飯に納豆をかけて一気にガガっと食べるのが僕流だ。納豆の中でも卵納豆が大のお気に入りで、さらにそこに生卵を入れて混ぜて食べるのが、僕のスタイル。そういえば、僕の叔母の家でにわとりを飼っているのを思い出した。生まれたての卵を僕の大好きな卵納豆に混ぜたら、またさらに格別に美味しいだろうなぁと思い、早速おばの所へ行ってみた。
すごい鳴き声で出迎えてくれると思っていた。でも目当てにしてきたにわとりの体調は悪くなっていた。卵も産まなくなっていた。叔母はにわとりのために薬をもらい、注射もしてもらい、元気になるため、いろんな努力をしていた。
「卵を産み始めたら、元気になった証拠と言えるの?」
と僕が聞いたら、叔母は意外なことを言った。
「まさと、卵をあまり産ませちゃいけないんだって。卵を産むためには、にわとりはすごい体力を使って、命を削っているんだよ。」
叔母はお医者さんに言われたそうだ。僕はガチャガチャのようにポンと出てきて、すっきりするのかと思っていたが、どうやら、違ったようだ。叔母はたくさん栄養を与えていたのに、それはかえって鶏には負担をかけていたようだ。僕は心の中で「にわとりちゃん、ごめんね」と言った。どこの世界でも産みの苦しみはあったんだね、母がポツリと言ったのが聞こえた。
今まで、不注意で卵を落としたときなど、食べ物に対して何とも感じていなかったけれど、なんだか少し見方が変わってきた。豪雨とかで野菜が高くなっている中、きゅうりが曲がっていても、少しぐらい虫がたかっていても、何でも感謝しながら食べないといけないなぁと思い始めた。僕がときどき飲む、高麗人参も、ある土の中でとれたら、しばらくその後その土の中では収穫できないと聞いた。なぜなら人参はものすごく多くの栄養分を吸い取って成長するからだ。見えないところで生き物は必死に努力しているんだと思い知らされた。
僕は何か必死で物事にぶつかっているのか、少し心配になってきた。
(中学部2年生 男子)